はじめに


最近のYOGAブームは凄いですね。

私がYOGAを始めた頃は スポーツクラブではYOGAのプログラムはありませんでした。
現在では どのスポーツクラブでも最低一日一回はYOGAプログラムが実施されています。
おまけにどこでもスタジオは一杯ですね。

以前は「YOGA」と言うと どことなく年配者のやるもの・・・なんてイメージがあり
私は 「まぁお若いのにYOGA?」とよく言われたものです。
現在ではアメリカ・ハリウッドYOGAのお蔭で 若い方々もYOGAを楽しんでいらっしゃるようです。

選択肢が増えても やはりYOGAは「単なる肉体運動」ではないと思っています。
オシャレなスタイルに変化してきましたがYOGAには4000年以上の歴史があり
脈々と受け継がれて来た 「教え」や「生き方」があるのです。

YOGAは単なる「運動」ではありませんし単なる「健康法」でもありません。
「呼吸法」や「瞑想」も行うことによって より完全な「YOGA」へと一歩一歩登って行くことになります。


YOGAとは

いきなりBIGな話ですが・・・やはり大切ですね。

サンスクリット語って聞いたことがありますか?

古代から中世にかけて、インド亜大陸や東南アジアにおいて用いられていた言語です。
YOGAという言葉の由来は  yujir yoga という語根に由来しているそうです。
この場合だとYOGAは「結合」とか「結びつける」と言う意味になります。

 ヨーガと言う言葉の元の意味は「軛(くびき)を付ける」と言う意味です。
え(?_?)軛ってなぁ〜に?・・・ですよね。
軛って「車の轅(ながえ)の端につけて、牛馬の後頸にかける横木。(広辞苑より)」
つまり牛馬と荷台を結びつけるもの・・・と言う事なのです。

ただ実際は自分でYOGAをしながら牛馬と荷台をくっつける・・・なんて事をする訳ではないですから
何が「牛馬」に相当し、何が「荷台」に相当するのかを 考えなくてはなりません。

初歩段階ではポーズをすることによる肉体への刺激を心で痛いとか 気持ち良いとか感じる事だと思います。
「体」から「心」へと ポーズを行う事によって繋いでいく訳です。

「体」が「牛馬」で「心」が「荷台」(「体」が「荷台」で「心」が「牛馬」でもOK)そして「ポーズ」が「軛」・・・と言うように感覚的で捕えてみて下さいね。
そしてYOGAの経験を積んで 多くの事が見えて来ると もっとスケールの大きい繋がりへと発展して行くのです。
例えば「自分の魂」と「大宇宙」を繋げて行くようなスケールですよね。


チョッピリ固いお話

YOGAは単なる運動でも健康法でもないと言いました。

第八段階の「サマディ(悟り)」に到達するのが最終目的です。
ですが いきなり「サマディ」を目指して 飛ぶように 階段を駆け上ると
足を踏み外し下まで落ちて 下手をすれば大けがをしかねません。

YOGAには沢山の流派があります。
例えば富士山を登る時も静岡側・山梨側などルートが沢山あり 決して1本道ではありません。
YOGAも それと同じようなものです。
どんな流派であっても 行き着く目的地は同じなのです。

パタンジャリの「ヨーガスートラ」の中で
YOGAの行法を8つの段階に分けています。これをアシュタンガ(八支則)ヨーガと言います。

アシュタンガ(八支則)ヨーガ
1YAMAヤマ(禁戒)一般的な生活上の道徳
2NIYAMAニヤマ(勧戒)YOGAの精神・心の浄化法
3ASANAアーサナ(座法)YOGAの準備としての座り方
4PRANAYAMAプラーナーヤーマ(調息)呼吸・気の調整
5PRATYAHARAプラティヤーハーラ(制感)物からの心の離脱・感覚の制御
6DHARANAダーナラ(凝念)一点集中、心の固定
7DHYANAディヤーナ(静慮)固定された心⇒瞑想
8SAMADHIサマディ(三昧)悟り

1 ヤマ(禁戒)・・・不殺生・非暴力・正直・制約等 所謂 一般道徳に相当するもの。

2  ニヤマ(勧戒)・・・清らかさ・満足・神への祈り・経典を読む・苦行等 体を清潔に保ち 心を浄化し 生命を保つための食事をする。

3 アーサナ(座法)・・・この段階からYOGAの行法の段階へと 移る。ブッダが菩提樹の下で瞑想したような座り方をする。
体を動かさないと体内の流れが悪くなり 健康を害する事がある。
アーサナを適度に実践し体の隅々までエネルギーを流し心身ともに健やかになる。
集中力も付き 瞑想もしやすくなる。

4 プラーナーヤーマ(調息)・・・体もアーサナによって適度にほぐれ エネルギーも取り込めるようになったら
静かに座し 「気(プラーナ)」の流れを調整して行く。「気」とは「生命エネルギー」の事で「息」を整える事で「気」は調整されて行く。
ゆっくりとした呼吸を繰り返す事で 心が落着き 瞑想に集中しやすくなる。

5 プラティヤーハーラ(制感)・・・感覚器官は 目覚めた状態であれば 自分の心は外側へと働いてしまう。
例えば 音を聴覚がキャッチすれば その音に心が反応し意識が外界へと向かって行く。
その結果 心は散漫になって内側に向ける事が出来ない。
感覚器官を鎮めて意識を内側に向ける。

6 ダーナラ(凝念)・・・凝念とは心を「特定の場所」に結び付けること(ヨーガスートラ3・1)
意識を何処か一点(例えば眉間や鼻先・心臓等)に集中させ 心を固定する。

7 ディヤーナ(静慮)・・・一点集中の持続。

8 サマディ(三昧)・・・完全な静寂が心を満たし もはや動こうとしない。
まるで心が存在しなくなった様な感覚。心の波を止滅させて得られるもの。YOGAの最終目的。



以上の様な8段階になります。

簡単な説明ですが何となく分かって頂けたら嬉しいです。


マントラについて

マントラと言うのは「お経」のような物です。
ある宗教団体が大変な事件を起こした時 ニュースなどで「マントラ」と言う言葉が流されたかと思います。

マントラは聖なる言葉です。人間が作り出した音ではなく 瞑想、修行をしているうちに神から呼びかけられて感じた音なのです。
ですから そのマントラを唱える事で 神と一体化する事が出来るのです。

マントラは「音」です。音はバイブレーションです。振動です。
人の心は粗雑なバイブレーションで出来ているそうで いつも振動しながら汚れを貯めこんでしまっています。
ところで 服が汚れた時 皆さんはどうしますか?洗濯機に洗剤と一緒に服を放り込みますよね?
洗濯機のスイッチを入れると 振動が生じ 服は洗剤の力を借りて汚れを落とすことができます。
これがマントラの効果です。
汚れた服があなたの心です。それから 洗濯機の振動がマントラを唱える事で発生するバイブレーション・・・振動です。
そして今回の主役、マントラは洗剤の役目をしています。
「オーム」と声を出し 声を出す事によって心が振動し マントラが心の中に入り込んで心をきれいにして行くのです。

マントラには沢山の種類が有ります。
神の名前を唱え 心を浄化して行くのです。


コメント

ヤマ(禁戒)・ニヤマ(勧戒)の第二段階までは 本当に一般的な感じですが
シバナンダアシュラムのスワミチダナンダは「現実に実行しなくても 心で思ってしまった段階で
ヤマを破ってしまった事になる。」と大変厳しい見解を示された事が印象的でした。

またスワミジは食事についても こう言われました。
「食事と言うものは生命を維持するために食べる事を言う。決して心を楽しませるために食事をしてはいけない。
そして食事から得た生命は奉仕のために使うのだ。」・・・と・・・

そしてスワミジは何回も「良い行いをするのに何故躊躇うのですか?後回しにしてはいけません。
明日 あなたの命が有ると言う保証は 何処にも無いのですから・・・」
と繰り返し仰っていました。 簡単な・・・例えば電車の中で席を譲るだけだって 言い出すのにチョッピリ勇気が必要ですよね。
でも躊躇ってはいけないのです。

やはり 神に人生を捧げたスワミジは自分に厳しい方でした。
八段階を確認されながら 一歩一歩上られたスワミジだからこその言葉なのだと思います。



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